災害時のこころ支援カウンセリング
ヘルスカウンセリング学会長 宗像恒次
1.喋れる傾聴者がいる1次的カウンセリング体制をつくる
ボーム博士らの調査によれば、1979年の米国スリーマイル島原発事故の際、原発の8q圏の住民と130q圏の住民を比較したとき、前者の住民が後者の住民と比べ、顕著に不眠・胃痛・頭痛などのストレス症状があった。検査の結果、前者の住民が緊張物質ノルアドレナリンやアドレナリンの濃度がより高かった。
ひとは放射線、地震、津波、今後の生活などに対し悪い予期すると、それだけで、ノルアドレナリンやアドレナリンが分泌され、肩こり・不眠・胃痛・頭痛などストレス症状をつくる。わかりやすい例でいえば、徒競争のまえの胸のドキドキは心臓にスプリンクラーでノルアドレナリンがばら撒かれている状態。肩こり・不眠・胃痛・頭痛などはすべて緊張物質ノルアドレナリンなどの分泌による。しかし、悪い予期があってストレス症状が生じても、話を聴いてくれる人がいて「喋る行為」ができるという噛むような咀嚼行動をとるだけで、脳内からノルアドレナリンなどが減少し、身体もこころもラクになることがわかっている。
また自分ではどうすることもできないという無力感がつのってくると、ノルアドレナリン分泌だけでなく、ストレス(副腎皮質)ホルモンが分泌して、脳内の扁桃体が刺激され、嫌悪感を起こす情動(恐れ、怖さ、恐怖感)が生じる。その情動を伴う電気入力で前頭脳がハイジャックされると適応的な判断ができず、思い込みやパニックが生じやすく、自分で問題を現実的に解決できなくなる。
だから、怖かった体験や悲しかった体験は、できるだけ早く家族、仲間、ボランティアなど、気持ちを分かり合えるひとに語り、泣きたい時は思いっきり泣くことが大事である。その流涙からストレスホルモンが排出され、恐怖感や悲しみ、怒りなど嫌な感情が薄れてくる。
被災者の気持ちに傾聴するカウンセリング支援ために、初期ならば専門のカウンセラーでなくても、家族や友人やボランティアによるピア(仲間)カウンセリングという一次的カウンセリング体制をつくることである。
周囲からの無関心な状況や孤立している状況下にいるよりも、周りの人の愛情や支援を感じると、精神的立ち直り力を得て、困難な状況下でも前向きにやっていこうという気持ちになれる。決して一人ではなく、ひととつながっていると思うことで、元気になれるからである。
事実、米国スリーマイル島原発事故のときの周辺住民に対するP.D.クリアリー博士らの調査によれば、友人や仲間を多く持つ人ほどストレスがあってもメンタルに安定していた。
2.傾聴カウンセリングの進め方
1)まずは観察と傾聴の仕方をおさえる
まず観察法である。「語り」という言語的な表現や「表情」という非言語的な表現の中で、「気持ちや感情を表現したところ」を観察するのである。相手の言った事柄より、気持ちや感情含んだ語りを重視するのである。気持ちや感情には本当は自分は何をしたいのかとか、他に何をしてほしいのかというニードが含まれているから、気持ちに気づくことはこれからどうすればいいかが見える。
次に相手の気持ちを聴くとき、傾聴法という「聴くことを妨げる自分の思いという心理ブロッキングを自覚し,その自分の思いを意識的に脇に置き,寄り添って相手の気持ちを聴くこと」が必要になる。
2)繰り返しによる確認と共感
こうした傾聴を妨げる自分の思い(心理ブロッキング)は脇に置き、語り手の気持ちや感情含んだ語りを重視して捉えるには、相手の語った主な事柄とキーワードを捉えるといい。キーワードとは、@気持ち用語(助けたかったなど)、A感情用語(つらいなど)、Bセリフ用語(どうにかしてくださいなど)、C独特の言い回し(生きている心地がしないなど)という、感情を含んだ言葉である。主な事柄とは、その感情を端的に説明する事柄である。
たとえば、下記の被災者の小学生が話した語りの言葉の□で囲んでいる部分がキーワードであり、下線部分が主な事柄である。
このキーワードの中でも、@眼の表情、顔の表情、声の表情の変化、Aジェスチャー・身体姿勢の変化、B強い感情的表現や、話を聴いていてC心がジーンとするところの語りを、ポイントという。この事例では、「怖かった」がポイントになるだろう。語りを繰り返して確認するとき、最終的にポイントが強調されるように、主な事柄とキーワードを繰り返すといい。
本事例の場合、「地震がいきなりきたんでびっくりした。津波が来てびっくりして、車が一気に流され、人も流されてのをみ、怖かったのですね」と繰り返すが、それを共感的に繰り返すことが大事になる。そのためには聴き手は情景を思い浮かべ感情移入できるようにゆっくり繰り返しをするとよい。すると、聴き手が語り手と同じような体験しているかのような感情を示す顔の表情を非言語的に表現ができるので、それをみた語り手が気持ちを共感してもらえていると実感できる。もし話しを繰り返したのち、語り手が無表情であるとか、不自然な表情をするときは、共感的に繰り返されていないので、異なっていましたね。どこが違っていましたか、教えてくれますかといって修正すればよい。
共感的な繰り返しができれば、被災者は孤独さが癒されることになる。同じような体験をした傾聴ができる災害体験者であるとなおさら、共感的繰り返しができやすいので、被災体験者によるピアカウンセリングとしての効果は高い。
津波災害の東松島 2011年6月17日撮影(宗像)
3)気持ちを語らない被災者
しかし気持ちを語らない被災者が少なくないことに注意を向けなければならない。阪神淡路大震災のとき、突然両親をなくした男女二人の小学生と面談をしたことがある。震災で両親をなくした女子の方にGHQという精神健康度の調査をすると神経症圏であったが、お話を聴くとすぐ泣き出しながらも、その被災体験を語ってくれた。他方、震災で両親をなくした男子と面談したが、同じ調査をし、神経症圏ではでなかったが、何も語らず、無表情であった。男子は女子に比べ、ジェンダーカルチャーの違いから本心を表現できないことが多い。このような気持ちを感じることができない子はメンタルテストで、たとえ正常でも、後にトラウマになる可能性が高い。文章、絵、遊びなどいろいろな方法で、そのつらい感情を処理できる機会が必要になる。
子どもだけではなく大人であっても気持ちを語れない方は少なくない。「災害サバイバー」は一般に生き残ったことに罪意識や恥ずかしさがあって、災害体験を語れない方がいる。今回の被災地東北の方ならばなおさらである。そのような被災者の方もボランティアによる具体的な救援やマッサージ提供などの活動をしながら、親しくなって初めて語ってくれる機会もでてくるだろう。このようなボランティアによる傾聴カウンセリングという一次的カウンセリングをへてはじめて二次的、三次的なより専門的なカウンセリング体制を取れるようになれる。
3.災害時に使える簡便な構造化カウンセリング法
被災者の被災体験を傾聴カウンセリングで、まずは共感的に聴くことが大切になるが、その後は相手のニードをみて専門的なカウンセリングにはいるが、私が開発したSAT(構造化イメージ連想法)カウンセリング法を用いると、訓練がまだ不十分なカウンセラーな方もより専門的な心のケア支援ができるだろう。また、生き残ったことに罪意識や恥ずかしさがあって、災害体験を語れない方も、表2の@では自分の気になることを必ずしも語らなくても、Aから開始し、Fの答えは導くことができる。これまで、本カウンセリング法で多くの被災者が前向きな行動できる効果があがっている。
とてもストレスが強い場合、すなわちそのストレスの情景を思い出してからだで感じるストレス度(最大100%)が50%を超える場合、判断の座を担う前頭脳が情動の座を担う扁桃脳による強い電気入力でハイジャックされていることを示す。そのような時は、思い込みや妄想やパニックが生じており、現実適応的な思考や判断が望めず、問題解決力が低下している。この光イメージ法によるSATカウンセリング法で、主観的ストレス度を50%以上から30%前後に軽減すれば、現実適応的な思考・判断・行動を促せ、本人ができる解決法のひらめきを得ることができる。
災害時、悪い予期だけでなく、良い予期ができるようになれるよう支援が必要になる。たとえば、これから美味しい食事が食べられると予期するだけで幸せな気分になれるだろう。こんなとき、脳内では快感物質ドパミンが分泌している。良い予期をするだけで、安心・楽しさ・快感をつくりだす脳内のドパミン分泌が増加するのである。ドパミンは、結果をえることで分泌されるよりも、希望や期待や信じるなど、良い予期をすることで分泌される性質がある。だから良いことを意識的であっても考えて想像してみると、圧倒される苦しみからラクになれる。
良い予期をすることができるかは、前向きな自己イメージを持つかどうかによって決まる。ストレスからの精神的立ち直り力は、英語でレジリエンスというが、チャールズ博士によれば、それは自己イメージによって決まるといわれる。家屋や家族や仕事の喪失、避難所生活、感染症、放射能汚染など、次から次へと、圧倒され、打ちのめされるようなストレスが被災者を襲っている。精神的立ち直りはそれらを乗り越えられる自己イメージがあるかどうかによっている。それには過去自分たちがどうであったかという自己イメージの記憶による「自己についての思い込み」が係ってくる。素粒子としての自分をイメージし、暖色系の光イメージで、よいイメージがつくれると、過去の悪い自己イメージについての思い込みが一時的にせよ消えるので、ストレスからくる思い込みや妄想やパニックでなく、良好な自己イメージから見た適応的な思考や判断を促すことができるようになる。
最後に、よく話題にされる災害に伴うPTSD(心的外傷後ストレス障害)は想像されるより数は多くはないが、その支援は3次的カウンセリング体制の専門家に任せよう、安易なかかわりは避けるほうがいいだろう。
カウンセリングシート[PDF形式:26KB]
宗像恒次(むなかた つねつぐ)略歴
1948年大阪府生まれ。東京大学大学院修了。保健学博士。厚生省国立精神衛生研究所、UCLA医学部、国立精神・神経センター、ハーバード大学医学部、WHOエイズ世界対策局・薬物依存局顧問をへて、筑波大学大学院教授ヒューマン・ケア科学専攻ヘルスカウンセリング学分野長。著書に、「見通しが立たない状況下で生き残る法」「カウンセリング医療と健康」「健康遺伝子が目覚めるがんのSAT療法」など。